ほんとに忠臣蔵?
ゆうべ12月14日の夜は、赤穂浪士の討ち入りの日でしたね。
江戸時代の元禄15年、勅使接待を受け持った浅野内匠頭長矩が指導役の吉良上野介義央を江戸城中で切り付け、幕府から切腹を命じられたのに対し、大石内蔵助等47人の家来が主君の無念を晴らすとして、吉良上野介の屋敷に討ち入り、上野介を殺害した事件です。そして、47人も死刑となりました。
城中での殺傷事件は死刑が判例として切腹を命じたのは五代将軍綱吉率いる江戸幕府ですから、主君の仇討ちをするなら、江戸城に討ち入って将軍綱吉の首級を狙うのがスジでしょう。まったくおかしな話です。吉良義央は領地の愛知県吉良では今も名君と慕われているのに、理不尽に殺害された上300年間敵役にされてきました。
討ち入りののちすぐさま、47人の行為をほめたたえるドラマに仕立てて、「忠臣蔵」として歌舞伎で上演されたそうです。深読みするならば、浅野内匠頭を死刑にし、さらに忠義な47人の家来を死刑にしたと民衆の非難が幕府に向けられるのを避けるため、歌舞伎作者等に手をまわして47人の行為を美談に仕立てたのでしょう。一部の識者もこういう見方をしています。
吉良上野介に気の毒なことに、昨夜もまた、お気楽忠臣蔵がテレビで放映されたようです。
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