2011年09月30日
まちづくりと講座
公民館で地方議会の制度と現状についての講座が開かれていたので、飛び込み聴講しました。
講師は大学の先生でしたが、このまちの自治基本条例には議会に関する規定が3条しかない、議会が長期総合計画を審議する仕組みになっていない、さらに言うなら、今日の聴衆の少ないのは大変嘆かわしいと冒頭から厳しいお話でした。
たしかにこのまちでは、政治、経済、社会、行財政などに関する講座は、聴衆の集まりが悪いように思われます。他方、趣味のサークルや講演会、、それから、子育てや介護に関する講座などは結構にぎわっているようです。なぜでしょう?
ひとつの見かたとして、「趣味について楽しいこと」や「生活上の実益のあること」には、集まりがよい。それに比べて、政治や行財政の話は難しそうである上に、このまちでは政治的な大問題や社会的大事件が永年起きていないから、そういう話には足が向かないということが考えられます。
しかし、国レベルで大問題が山積していることは言うまでもないし、まちレベルでも結構難かしい問題があるし、どの講座も少なくとも生活上の実益にはつながっているのですが・・。
「演題も中味もこむつかしいのとチャうか、大阪ではなんでも面白う仕立てんと人は来んでえ。」と例の変な影の声。
講師は大学の先生でしたが、このまちの自治基本条例には議会に関する規定が3条しかない、議会が長期総合計画を審議する仕組みになっていない、さらに言うなら、今日の聴衆の少ないのは大変嘆かわしいと冒頭から厳しいお話でした。
たしかにこのまちでは、政治、経済、社会、行財政などに関する講座は、聴衆の集まりが悪いように思われます。他方、趣味のサークルや講演会、、それから、子育てや介護に関する講座などは結構にぎわっているようです。なぜでしょう?
ひとつの見かたとして、「趣味について楽しいこと」や「生活上の実益のあること」には、集まりがよい。それに比べて、政治や行財政の話は難しそうである上に、このまちでは政治的な大問題や社会的大事件が永年起きていないから、そういう話には足が向かないということが考えられます。
しかし、国レベルで大問題が山積していることは言うまでもないし、まちレベルでも結構難かしい問題があるし、どの講座も少なくとも生活上の実益にはつながっているのですが・・。
「演題も中味もこむつかしいのとチャうか、大阪ではなんでも面白う仕立てんと人は来んでえ。」と例の変な影の声。
2011年09月29日
高尾山へ
久し振りに高尾山に行ってきました。膝を痛めて長時間の山行に耐えられないので、月2回は高尾山にのぼることにしています。しかし、最近とみに夏の暑さに弱く、大げさにいえば、真夏は息絶え絶えにあえいでいるので、4か月ぶりです。
稲荷山コースから登り、川沿いの6号路から下る予定だったのですが、6号路、さらに1号路、3号路までも台風の影響で通行止めになっており、面倒になってケーブルカーで降りてしまいました。ビジタセンターで聞くと、真夏の間も登山者でにぎわっていたとか、皆さん元気ですね。
高尾山から遠からぬ場所を通る圏央道の建設に対し、高尾山の自然を壊すとして反対運動が起きていましたが、どうなったでしょうか。私は、大自然の豊かな地域については、徹底的に保護し、入山禁止や制限をするとよいと思います。白神山地や知床はそうなっています。こんご、尾瀬や北アルプスについても必要でしょう。
一方、人間が多く集まる、都市周辺や交通の要衝では、自然をある程度犠牲にすることは仕方ないと思います。高尾山は、都心から1時間、年間260万人が登り、いわば都市公園化したところです。東海道と北関東・東北をむすぶ交通円滑化のため、少しは鳥や川の流れが減ってもやむを得ないでしょう。
100%自然保護、いや絶対開発必要と争っているのでは、このせまい日本列島に1億2000万人が自然豊かに生きてゆけません。メリハリをつけなければ!。
(もちろん、都市にもみどりは絶対必要です。都市のみどりがどんどん減っています。嘆かわしいことです。各家の庭や道端にも木や花をいっぱい植えましょう。)
稲荷山コースから登り、川沿いの6号路から下る予定だったのですが、6号路、さらに1号路、3号路までも台風の影響で通行止めになっており、面倒になってケーブルカーで降りてしまいました。ビジタセンターで聞くと、真夏の間も登山者でにぎわっていたとか、皆さん元気ですね。
高尾山から遠からぬ場所を通る圏央道の建設に対し、高尾山の自然を壊すとして反対運動が起きていましたが、どうなったでしょうか。私は、大自然の豊かな地域については、徹底的に保護し、入山禁止や制限をするとよいと思います。白神山地や知床はそうなっています。こんご、尾瀬や北アルプスについても必要でしょう。
一方、人間が多く集まる、都市周辺や交通の要衝では、自然をある程度犠牲にすることは仕方ないと思います。高尾山は、都心から1時間、年間260万人が登り、いわば都市公園化したところです。東海道と北関東・東北をむすぶ交通円滑化のため、少しは鳥や川の流れが減ってもやむを得ないでしょう。
100%自然保護、いや絶対開発必要と争っているのでは、このせまい日本列島に1億2000万人が自然豊かに生きてゆけません。メリハリをつけなければ!。
(もちろん、都市にもみどりは絶対必要です。都市のみどりがどんどん減っています。嘆かわしいことです。各家の庭や道端にも木や花をいっぱい植えましょう。)
2011年09月27日
NPOへの寄付
NPOに関する寄付税制改正の説明会を聴きに行きました。
今回の改正の一番の目玉は、
(1)毎年3000円の寄付(賛助会費でもよい。)を100人集めれば、認定NPOになれる。
(2)認定NPOに対する一般市民の寄付は、税額控除の対象となり、寄付額の50%が還付される。
というものです。
これからの社会になくてはならないNPO活動の財源としては「寄付」が最も適しているという声も多く、寄付の税法上の優遇が多くのNPOから熱望されていたので、まずは結構なことと思います。
寄付という行為は、欧米では幼少の頃から教会への寄付などを通じて習慣づけられているようですが、わが国ではあまりその習慣がありません。東日本大震災で3000億円を超す義援金が集まったのだから、日本人にも寄付が根付いたという人も多いのですが、あれだけの大災害だったから集まったのだよという声もあります。
さらに説明会では、「うちの会では年3000円は無理、2000円にしてほしい。」とか「寄付がこれだけ優遇されると、寄付の獲得競争となり、小さいNPOでは逆に集まらなくなる。」という声も漏れていました。
それに、寄付額の50%分の税金を還付するということは、寄付に50%の補助金を出すというのと同じことです。補助金を出さないと寄付をしないようでは、日本人も先が思いやられますね。ともあれ、大きな改革なので、これからの10年、NPO活動の進展を期待しましょう。
「ああやこうやと難しいことばっかりゆうて、おまえはちゃんとNPOに寄付してんのか?。」と例によって影の声のお叱り・・。
今回の改正の一番の目玉は、
(1)毎年3000円の寄付(賛助会費でもよい。)を100人集めれば、認定NPOになれる。
(2)認定NPOに対する一般市民の寄付は、税額控除の対象となり、寄付額の50%が還付される。
というものです。
これからの社会になくてはならないNPO活動の財源としては「寄付」が最も適しているという声も多く、寄付の税法上の優遇が多くのNPOから熱望されていたので、まずは結構なことと思います。
寄付という行為は、欧米では幼少の頃から教会への寄付などを通じて習慣づけられているようですが、わが国ではあまりその習慣がありません。東日本大震災で3000億円を超す義援金が集まったのだから、日本人にも寄付が根付いたという人も多いのですが、あれだけの大災害だったから集まったのだよという声もあります。
さらに説明会では、「うちの会では年3000円は無理、2000円にしてほしい。」とか「寄付がこれだけ優遇されると、寄付の獲得競争となり、小さいNPOでは逆に集まらなくなる。」という声も漏れていました。
それに、寄付額の50%分の税金を還付するということは、寄付に50%の補助金を出すというのと同じことです。補助金を出さないと寄付をしないようでは、日本人も先が思いやられますね。ともあれ、大きな改革なので、これからの10年、NPO活動の進展を期待しましょう。
「ああやこうやと難しいことばっかりゆうて、おまえはちゃんとNPOに寄付してんのか?。」と例によって影の声のお叱り・・。
2011年09月25日
小京都とは
NHKラヂオの歌の旅人という番組で、岩手の小京都といわれる盛岡を取り上げていたのですが、その際、語り手の五木寛之が、よく「小京都」という言葉が使われるが、それぞれのまちにはそれぞれの良さがあるのだから、小京都という言葉を使うのは良くないと言っていました。
調べてみますと、小京都と呼ばれるまちは、北は弘前から始まって、盛岡、遠野、角館、湯沢、山形、足利、佐野、古賀、飯田、犬山と延々と続き、日田、人吉に至るまで全国で50余もあるようです。
私も、五木氏の言うように、小京都という言葉は好きではありません。更に言うなら、京都の大きな特色は、公家文化であること(そのほか、寺社文化、町人文化もあるが、武家文化は極めて少ない。)、平安の昔から明治維新まで1100年間首都または準首都であり、従ってなまぐさい政争の巷であったことなどにあります。しかし、小京都と呼ばれるまちは、ほとんどが城下町であり、もちろん首都であったことはありません。
小京都の始まりは、どうやら室町時代以降、各地の大名がさかんに京都を真似たまちづくりをおこなったことに起源があるようです。現代は、それぞれのまちがそれぞれの特色を生かしてまちを発展させていく時代なのですから、小京都という呼び名は感心しません。マスメディアにもやめてもらいたいものです。
なお、全国の小京都と呼ばれるまちが加盟した「全国京都会議」というものがあるそうですが、京都市がその事務局を受け持っているとのこと、これは笑ってよいのかどうか・・?
調べてみますと、小京都と呼ばれるまちは、北は弘前から始まって、盛岡、遠野、角館、湯沢、山形、足利、佐野、古賀、飯田、犬山と延々と続き、日田、人吉に至るまで全国で50余もあるようです。
私も、五木氏の言うように、小京都という言葉は好きではありません。更に言うなら、京都の大きな特色は、公家文化であること(そのほか、寺社文化、町人文化もあるが、武家文化は極めて少ない。)、平安の昔から明治維新まで1100年間首都または準首都であり、従ってなまぐさい政争の巷であったことなどにあります。しかし、小京都と呼ばれるまちは、ほとんどが城下町であり、もちろん首都であったことはありません。
小京都の始まりは、どうやら室町時代以降、各地の大名がさかんに京都を真似たまちづくりをおこなったことに起源があるようです。現代は、それぞれのまちがそれぞれの特色を生かしてまちを発展させていく時代なのですから、小京都という呼び名は感心しません。マスメディアにもやめてもらいたいものです。
なお、全国の小京都と呼ばれるまちが加盟した「全国京都会議」というものがあるそうですが、京都市がその事務局を受け持っているとのこと、これは笑ってよいのかどうか・・?
2011年09月21日
京都の秋
朝刊を拡げるとはらりとチラシが落ちました。見ると京都の紅葉観光の宣伝です。まだこんなに暑いのに、宣伝も先手必勝ですか。
私も中学から大学まで京都で育ち、その後も特に最近10年は春と秋に丸一日をかけて桜と紅葉を観に行っていますので、ぜひお勧めを書いてみたいと思います。
お花見ー桜は春を迎えて一斉に花開くということで毎年そう変わりはありません。一方、紅葉は静かに枯れていく時の現象ですから、その年によって状況が大きく変わります。夏の暑さ、雨、秋になっての冷え方などですごく違います。人間と同じですね。若い時はみんな元気がよいが、年老いていく季節は人さまざま、すごく違う・・。さらに、温暖化の影響で見ごろが12月上旬まで後ろにずれこんでいます。
それと、木々の紅葉だけを取り上げれば、おそらく只見線の沿線など東北の山が一番でしょう。それに対して京都の紅葉は、寺社の堂塔に映える紅葉のコラボレーションの美しさにあると思うんです。先週の日経新聞の付録で紅葉特集を掲載していましたが、その他の地方の上位が大自然の紅葉の景色であるのに対し、近畿地方の上位は・京都東山・湖東三山・談山神社といずれも紅葉と寺社のコラボでした。
(写真左:安楽寺)
今回、京都の紅葉のおすすめとして、三つほど挙げてみましょう。
1 安楽寺(哲学の道の東方)
2 善峰寺(JR向日町からバス)
3 実相院(叡電岩倉下車)
いずれもB級と云うことではなく、A級なのですが、尋ねるのにひと手間かかるので(といっても20分ほど歩く、郊外電車に乗るという程度ですが)、東福寺、永観堂などのようには混まないのです。ぜひ訪ねてみてください。でも皆さんがどっと行くとやっぱり込むかな?(写真下:善峰寺)
私も中学から大学まで京都で育ち、その後も特に最近10年は春と秋に丸一日をかけて桜と紅葉を観に行っていますので、ぜひお勧めを書いてみたいと思います。
お花見ー桜は春を迎えて一斉に花開くということで毎年そう変わりはありません。一方、紅葉は静かに枯れていく時の現象ですから、その年によって状況が大きく変わります。夏の暑さ、雨、秋になっての冷え方などですごく違います。人間と同じですね。若い時はみんな元気がよいが、年老いていく季節は人さまざま、すごく違う・・。さらに、温暖化の影響で見ごろが12月上旬まで後ろにずれこんでいます。
それと、木々の紅葉だけを取り上げれば、おそらく只見線の沿線など東北の山が一番でしょう。それに対して京都の紅葉は、寺社の堂塔に映える紅葉のコラボレーションの美しさにあると思うんです。先週の日経新聞の付録で紅葉特集を掲載していましたが、その他の地方の上位が大自然の紅葉の景色であるのに対し、近畿地方の上位は・京都東山・湖東三山・談山神社といずれも紅葉と寺社のコラボでした。

今回、京都の紅葉のおすすめとして、三つほど挙げてみましょう。
1 安楽寺(哲学の道の東方)
2 善峰寺(JR向日町からバス)
3 実相院(叡電岩倉下車)
いずれもB級と云うことではなく、A級なのですが、尋ねるのにひと手間かかるので(といっても20分ほど歩く、郊外電車に乗るという程度ですが)、東福寺、永観堂などのようには混まないのです。ぜひ訪ねてみてください。でも皆さんがどっと行くとやっぱり込むかな?(写真下:善峰寺)

2011年09月19日
市民オケを聴く
市民文化会館へ市民オーケストラの演奏会を聴きに行きました。題目はベートーベンの6番、8番などです。
この市民文化会館は、大ホール、中ホール、小ホールなどの施設を備えていますが、20年近く前におよそ118億円をかけて建てられました。減価償却費、金利に運営経費を足し合わせると、市の財政負担は年間12億円程度となります。
年間の税金収入が300億円程度のまちにとって年12億円という出費は大きな存在です。年12億円もあれば、もっと教育、福祉や環境整備を充実できるのにという見方もあれば、この文化会館がまちの文化を支えているのだという見方もあります。数年前何人もの友人知人に聞いて回ったところでは、意見は半々に分かれました。今ならどうでしょう。
ここで市民としてよく考えなければならないことがあります。プロ演歌の興業からこどもバレーの発表会、新入社員の入社式まですべての入場者に税金から1回4600円(12億円÷年間入場者26万人)づつの補助をしていることになるということを「入場者」も「一般市民」もよく知り、納得しているかということです。
この市民文化会館は、大ホール、中ホール、小ホールなどの施設を備えていますが、20年近く前におよそ118億円をかけて建てられました。減価償却費、金利に運営経費を足し合わせると、市の財政負担は年間12億円程度となります。
年間の税金収入が300億円程度のまちにとって年12億円という出費は大きな存在です。年12億円もあれば、もっと教育、福祉や環境整備を充実できるのにという見方もあれば、この文化会館がまちの文化を支えているのだという見方もあります。数年前何人もの友人知人に聞いて回ったところでは、意見は半々に分かれました。今ならどうでしょう。
ここで市民としてよく考えなければならないことがあります。プロ演歌の興業からこどもバレーの発表会、新入社員の入社式まですべての入場者に税金から1回4600円(12億円÷年間入場者26万人)づつの補助をしていることになるということを「入場者」も「一般市民」もよく知り、納得しているかということです。
2011年09月14日
ITで教育
NHK教育テレビでホワイトボックスという番組をやっています。ITの最近の話題をわかりやすく解説していて、興味深い番組です。数日前、その番組でITの教育への利用を話題にしていました。
事例のその1では、不登校になった高校生が携帯電話で教育センターから授業の内容を受信し、センターに質問したり、テストを受けたりし、それらすべての内容をセンター側で分析してその後の授業内容を随時適切に修正していくというもので、ITによるきめ細かい教育の可能性に目を開かされました。もっともこれで成績が上がるようなら、ますます不登校が増えるのではないかと心配も・・。
事例のその2では、小学校で各生徒が電子ペンで書いた内容が個別にも全員の分でも自由自在に電子黒板に表せるようになっています。これを利用して教員は非常にたやすく、スピーディに各生徒の作品を分析批評できるとのことです。もっとも、初期投資が相当かさむし、教員も十分使いこなせなければなりませんが・・。
事例のその3では、大学授業のネット公開として東京大学が紹介されていました。早速ネットに入ってみましたが、数年前から「知の開放と構造化」と題して手掛けられている気宇壮大な計画ですが、いろんな視聴方式があったり、特別なソフトのダウンが必要だったりして、入るのに随分てこずりました。大学の講義より入学試験の方が難しいのと同じブラックジョークものですね。
というようなことで、ITの教育への利用は、使い方を誤らなければ、非常に有望だと思われました。人対人の教育とITの利用とをうまく結びつけることがポイントなのでしょう。
事例のその1では、不登校になった高校生が携帯電話で教育センターから授業の内容を受信し、センターに質問したり、テストを受けたりし、それらすべての内容をセンター側で分析してその後の授業内容を随時適切に修正していくというもので、ITによるきめ細かい教育の可能性に目を開かされました。もっともこれで成績が上がるようなら、ますます不登校が増えるのではないかと心配も・・。
事例のその2では、小学校で各生徒が電子ペンで書いた内容が個別にも全員の分でも自由自在に電子黒板に表せるようになっています。これを利用して教員は非常にたやすく、スピーディに各生徒の作品を分析批評できるとのことです。もっとも、初期投資が相当かさむし、教員も十分使いこなせなければなりませんが・・。
事例のその3では、大学授業のネット公開として東京大学が紹介されていました。早速ネットに入ってみましたが、数年前から「知の開放と構造化」と題して手掛けられている気宇壮大な計画ですが、いろんな視聴方式があったり、特別なソフトのダウンが必要だったりして、入るのに随分てこずりました。大学の講義より入学試験の方が難しいのと同じブラックジョークものですね。
というようなことで、ITの教育への利用は、使い方を誤らなければ、非常に有望だと思われました。人対人の教育とITの利用とをうまく結びつけることがポイントなのでしょう。
2011年09月10日
新幹線の窓から・続
新幹線で京都駅に降りると、まだ9月上旬だというのに、たくさんの修学旅行生がたむろしていました。しばらく見ていると、大型バスでどこかへ出かけて行きました。そのありさまには、50年間変わらないような感覚を受けました。
政治、経済、社会、文化・・あらゆる物事が変化する世の中で修学旅行だけ変わらないとしたらなぜ?生徒、先生、保護者、文科省、旅行業者のうちの誰のせい?すべての関係者のせいのように思われます。変わる必要を感じないから、従来通りということなのでしょう。少し変わったのは、4,5人のグループに分かれ、貸切タクシーで名所巡りをしているくらい、これも狭い京都市内をなぜバスと徒歩で回らないのでしょうか、迷子が出るからか、それとも悪い遊び場に行く恐れがあるからでしょうか。
私は中学では伊勢志摩に、高校では九州に修学旅行に行きましたが、ほとんど記憶に残っていません。それより、大学のとき、全国各地から来た友人たちを仏像や庭園を観にお寺に案内したり、テントを担いで槍ヶ岳に登ったりしたのが楽しい思い出になっています。中高生たちも、修学旅行の半分以下の費用をもらって、近くの山でキャンプ生活をしたり、自分の住んでいる地方の歴史や産業を調べて回ったりするほうが余程ためになり、思い出にも残ると思うのですが。それで困るのは旅行業者だけでしょう。
「日帰りの所用旅行でくたびれたから云うて、八つ当たりが過ぎるんとちゃうか?」と影の声。
政治、経済、社会、文化・・あらゆる物事が変化する世の中で修学旅行だけ変わらないとしたらなぜ?生徒、先生、保護者、文科省、旅行業者のうちの誰のせい?すべての関係者のせいのように思われます。変わる必要を感じないから、従来通りということなのでしょう。少し変わったのは、4,5人のグループに分かれ、貸切タクシーで名所巡りをしているくらい、これも狭い京都市内をなぜバスと徒歩で回らないのでしょうか、迷子が出るからか、それとも悪い遊び場に行く恐れがあるからでしょうか。
私は中学では伊勢志摩に、高校では九州に修学旅行に行きましたが、ほとんど記憶に残っていません。それより、大学のとき、全国各地から来た友人たちを仏像や庭園を観にお寺に案内したり、テントを担いで槍ヶ岳に登ったりしたのが楽しい思い出になっています。中高生たちも、修学旅行の半分以下の費用をもらって、近くの山でキャンプ生活をしたり、自分の住んでいる地方の歴史や産業を調べて回ったりするほうが余程ためになり、思い出にも残ると思うのですが。それで困るのは旅行業者だけでしょう。
「日帰りの所用旅行でくたびれたから云うて、八つ当たりが過ぎるんとちゃうか?」と影の声。
2011年09月10日
新幹線の窓から
昨日所用があって京都まで行きました。この25年ほど月1回は東海道新幹線に乗っています。月1回といってもあわせて300回、車窓から沿線の栄枯盛衰がよくうかがえます。いわば定点観測ですね。新横浜の駅前などもジリジリとビルが増えていくのが印象的でした。
ひかりに乗ると一番乗降客が多いのが浜松です。のぞみが止まらずひかりが止まる駅では一番人口が多い(80万人)のでそれも当然でしょうが、浜松の人口を調べて驚いたのは、2年ほど前から人口の社会減が生じていることです。浜松といえば、ヤマハ、ホンダ、スズキをはじめ多数の工場が林立する工業都市のはずですが、製造業の国内空洞化のせいでしょうか。
東京、名古屋、京都(それに新幹線ではありませんが、大阪も)と主要駅の駅ビルと駅周辺はずいぶん整備されました。クルマ社会に対する鉄道の反撃でしょうか。クルマ社会と云えば、高速道路の無料化というのはオカシナ政策ですね。むしろ鉄道などの公共交通機関(バスやフェリーを含めてよい。)を優遇して利用を促すのがエコ(環境)の面でも省エネの面でもよいはずなのに、逆に高速道路だけを無料化するというのはどういう神経なのでしょう。「誰がそんなこと言い出したんや、云うてみぃ!まさか車メーカーが黒幕やないやろな!」
さらに、そのあおりで、鉄道、フェリー、空路まで経営が悪化しているといいます。どうせのことなら、鉄道の特急・急行料金をタダにしたほうがマシでしょう。もっともどれをタダにしてもその財源として増税が必要です。いずれにせよ、高速無料化と税の一体化はご免です。
ひかりに乗ると一番乗降客が多いのが浜松です。のぞみが止まらずひかりが止まる駅では一番人口が多い(80万人)のでそれも当然でしょうが、浜松の人口を調べて驚いたのは、2年ほど前から人口の社会減が生じていることです。浜松といえば、ヤマハ、ホンダ、スズキをはじめ多数の工場が林立する工業都市のはずですが、製造業の国内空洞化のせいでしょうか。
東京、名古屋、京都(それに新幹線ではありませんが、大阪も)と主要駅の駅ビルと駅周辺はずいぶん整備されました。クルマ社会に対する鉄道の反撃でしょうか。クルマ社会と云えば、高速道路の無料化というのはオカシナ政策ですね。むしろ鉄道などの公共交通機関(バスやフェリーを含めてよい。)を優遇して利用を促すのがエコ(環境)の面でも省エネの面でもよいはずなのに、逆に高速道路だけを無料化するというのはどういう神経なのでしょう。「誰がそんなこと言い出したんや、云うてみぃ!まさか車メーカーが黒幕やないやろな!」
さらに、そのあおりで、鉄道、フェリー、空路まで経営が悪化しているといいます。どうせのことなら、鉄道の特急・急行料金をタダにしたほうがマシでしょう。もっともどれをタダにしてもその財源として増税が必要です。いずれにせよ、高速無料化と税の一体化はご免です。
2011年09月08日
住環境を守るには・続々
前2回で低層住居専用地域以外では、いつ巨大マンションが出現しても不思議はないということを申し上げましたが、では低層住専地域なら安心して住んでいて大丈夫かというと決してそうではありません。これを違法建築と合法建築の両方から見てみましょう。
巨大マンションなどの場合は、住民の目で根こそぎ監視されているし、行政の竣工後の検査もあるしということで、違法建築は比較的少ない、少なくとも表面に出てこないようです。これに対して、低層住専地域の小住宅の場合は、行政の目も行きとどかないので事業者がそれをかいくぐるとか、増築改築という形で所有者が容積率等を逸脱するとか、違法建築が相当多いようです。
次に、合法建築である戸建て住宅なら問題がないかというと、これまたそうではないのです。低層住専地域の住宅には、建蔽率、容積率、高さ制限くらいしか規制がありません。そこで50平米、70平米と云った極めて狭小な敷地の住宅、敷地をすべてコンクリートで固めて一木一草もない住宅、おもちゃ箱をひっくり返したように、異様な形や色をした住宅などが無秩序に建てられているのが実情です。
これらを防ぐには、前回述べた「地区計画」を定めて、最低敷地面積、住宅の形や色の制限、庭の植栽の義務等を定めればよいのですが、土地所有者のほぼ全員が賛成しなければ作れないこともあって、既成住宅地ではほとんど絶望的です。
こういう状況を繰り返していると、太陽や風通しに恵まれ、緑の多い静かな住宅都市を目指したはずが、いつの間にか古びた不良・狭隘な住宅のごった煮のような町にならないとはいえませんね。
巨大マンションなどの場合は、住民の目で根こそぎ監視されているし、行政の竣工後の検査もあるしということで、違法建築は比較的少ない、少なくとも表面に出てこないようです。これに対して、低層住専地域の小住宅の場合は、行政の目も行きとどかないので事業者がそれをかいくぐるとか、増築改築という形で所有者が容積率等を逸脱するとか、違法建築が相当多いようです。
次に、合法建築である戸建て住宅なら問題がないかというと、これまたそうではないのです。低層住専地域の住宅には、建蔽率、容積率、高さ制限くらいしか規制がありません。そこで50平米、70平米と云った極めて狭小な敷地の住宅、敷地をすべてコンクリートで固めて一木一草もない住宅、おもちゃ箱をひっくり返したように、異様な形や色をした住宅などが無秩序に建てられているのが実情です。
これらを防ぐには、前回述べた「地区計画」を定めて、最低敷地面積、住宅の形や色の制限、庭の植栽の義務等を定めればよいのですが、土地所有者のほぼ全員が賛成しなければ作れないこともあって、既成住宅地ではほとんど絶望的です。
こういう状況を繰り返していると、太陽や風通しに恵まれ、緑の多い静かな住宅都市を目指したはずが、いつの間にか古びた不良・狭隘な住宅のごった煮のような町にならないとはいえませんね。
2011年09月07日
住環境を守るには・続
前回、のどかなまちにアッという間に巨大マンションが建ち、住環境が激変する可能性は至る所に潜んでいると申し上げました。では、どうすればこのような激変、悪化を防げるでしょうか。
まず考えられるのは、都市計画法による地区計画を設けることです。これは対象としたい地域の土地所有者の原則として全員の賛成で地域の利用計画を定めるものです。地区計画では、どの程度の規模の建物なら建てられるか(例えば中高層住居専用地域であっても2階建てまでとすることもできる。)ということのほか、敷地の細分化はいけないとか、ブロック塀はだめで生垣にしようとか、壁の色調は白か茶の落ち着いたものにするといったことまで決められます。そしてこの地区計画に反する建物には建築確認が出ません。つまり法的強制力があるわけです。
ところが残念ながら、地区計画は地主さんが一人でも強硬に反対するとまず認められません。となると現実問題としてなかなか作れないのです。そこで最近、各市町村で試みられているのが、条例で地区まちづくり計画あるいはまちづくりルールと称するものを作れるようにすることです。多くの場合、土地所有者の3分の2以上程度が賛成すれば、ルールを作ることができ、そのルールを守るよう行政が極力行政指導するというものです。つまり法的強制力はありませんが、住民の総意であるとして、行政が建築主に強力に指導するわけです。
どのような手段をとるかはその地域の状況によると思いますが、一番強調したいことは、高さ10メートル程度までの住宅または兼用住宅しか建てられない低層住居専用地域は別として、その他の地域では、現在どのように農地が広がっている田園的な地域であろうと巨大マンションなどが合法的に建てられるのだということを住民が早くから意識して、この静かでのどやかな雰囲気を守ろうよと気持ちを合わせることだと思うのです。
まず考えられるのは、都市計画法による地区計画を設けることです。これは対象としたい地域の土地所有者の原則として全員の賛成で地域の利用計画を定めるものです。地区計画では、どの程度の規模の建物なら建てられるか(例えば中高層住居専用地域であっても2階建てまでとすることもできる。)ということのほか、敷地の細分化はいけないとか、ブロック塀はだめで生垣にしようとか、壁の色調は白か茶の落ち着いたものにするといったことまで決められます。そしてこの地区計画に反する建物には建築確認が出ません。つまり法的強制力があるわけです。
ところが残念ながら、地区計画は地主さんが一人でも強硬に反対するとまず認められません。となると現実問題としてなかなか作れないのです。そこで最近、各市町村で試みられているのが、条例で地区まちづくり計画あるいはまちづくりルールと称するものを作れるようにすることです。多くの場合、土地所有者の3分の2以上程度が賛成すれば、ルールを作ることができ、そのルールを守るよう行政が極力行政指導するというものです。つまり法的強制力はありませんが、住民の総意であるとして、行政が建築主に強力に指導するわけです。
どのような手段をとるかはその地域の状況によると思いますが、一番強調したいことは、高さ10メートル程度までの住宅または兼用住宅しか建てられない低層住居専用地域は別として、その他の地域では、現在どのように農地が広がっている田園的な地域であろうと巨大マンションなどが合法的に建てられるのだということを住民が早くから意識して、この静かでのどやかな雰囲気を守ろうよと気持ちを合わせることだと思うのです。
2011年09月05日
住環境を守るには
昨日ある会合で、今は良い環境に住んでいたとしても、いつ悪くなるかわからないから気をつけようという話をしました。
東京多摩地域での過去の建築紛争の実態をみると、お隣同士の増改築をめぐるトラブルなどは別として、大規模なものは住民の安心し過ぎから生じる場合が多いように思います。例えば、あるところで、青々と野菜の植わった畑が広がり、2階建ての民家と小さい町工場が点在する地域がありました。住民はその明るいのどかな田園風景を楽しんで住んでいましたが、ある日突然巨大なマンションの建築計画が公表されました。
住民は驚いて、日照が悪くなる、風通しが悪くなる、のどかな環境が悪くなる等として反対運動を起こしましたが、巨大マンションの建築を阻止することはできませんでした。
なぜでしょうか、実はその地域は都市計画上「準工業地域」だったのです。準工業地域では、巨大マンションだけでなく、キャバレー、パチンコ屋、大工場も立てることが認められています。
また、一面に広がる畑は生産緑地指定がされたものでした。生産緑地は優良な農地を長期に保全するために指定されるものですが、所有者が亡くなったり病気などで農業ができなくなると指定を解除して宅地として売ることができます。
つまり、のどかに広がる土地にアッという間に巨大マンションが建つことになったのは違法ではなく、まったく適法なことだったのです。このような可能性のある地域は市内の至る所にあります。住民は、違法建築に目を光らせるだけでなく、適法な再開発で住環境がガラッと変わることがありうるということも普段から念頭に置く必要があるといえましょう。
東京多摩地域での過去の建築紛争の実態をみると、お隣同士の増改築をめぐるトラブルなどは別として、大規模なものは住民の安心し過ぎから生じる場合が多いように思います。例えば、あるところで、青々と野菜の植わった畑が広がり、2階建ての民家と小さい町工場が点在する地域がありました。住民はその明るいのどかな田園風景を楽しんで住んでいましたが、ある日突然巨大なマンションの建築計画が公表されました。
住民は驚いて、日照が悪くなる、風通しが悪くなる、のどかな環境が悪くなる等として反対運動を起こしましたが、巨大マンションの建築を阻止することはできませんでした。
なぜでしょうか、実はその地域は都市計画上「準工業地域」だったのです。準工業地域では、巨大マンションだけでなく、キャバレー、パチンコ屋、大工場も立てることが認められています。
また、一面に広がる畑は生産緑地指定がされたものでした。生産緑地は優良な農地を長期に保全するために指定されるものですが、所有者が亡くなったり病気などで農業ができなくなると指定を解除して宅地として売ることができます。
つまり、のどかに広がる土地にアッという間に巨大マンションが建つことになったのは違法ではなく、まったく適法なことだったのです。このような可能性のある地域は市内の至る所にあります。住民は、違法建築に目を光らせるだけでなく、適法な再開発で住環境がガラッと変わることがありうるということも普段から念頭に置く必要があるといえましょう。
2011年09月01日
軽井沢の思い出・続
軽井沢の思い出の続きです。一時期ちょっと林道ドライブに凝ったことがあります。もとより、たいしたものではありません、テニス旅行の帰りに二駆のセダンで走ることが多かったのですから・・。
例えば、南軽井沢から妙義荒船林道に入り、神津牧場に立ち寄って下仁田に抜けました。石ころゴロゴロの道で、対向車にもまったく会いませんでした。高峰林道や山梨の林道群も走りました。残念だったのは、軽井沢の帰り、佐久望月から鹿曲川(かくまがわ)林道を登り、蓼科山中腹の大河原峠を経て白樺湖に行こうと思ったのですが、道に迷い果たせなかったことです。当時この林道は、山岳林道として知られていました。
それらの林道も、それからまもなくドライブに人気のあるところは完全舗装となり、そうでないところは一般車通行禁止となりました。石ころだらけのダートの道を走れる林道は残っているのでしょうか。
というようなことで、私の軽井沢の思い出は、テニスとドライブばかり、おしゃれなホテルやレストランに行ったことがないのです。お土産も横川の峠の釜めしとか長野小布施の栗ようかん・栗ジャムなど軽井沢で買っても軽井沢の産でないものばかりというのがオチでして・・。
例えば、南軽井沢から妙義荒船林道に入り、神津牧場に立ち寄って下仁田に抜けました。石ころゴロゴロの道で、対向車にもまったく会いませんでした。高峰林道や山梨の林道群も走りました。残念だったのは、軽井沢の帰り、佐久望月から鹿曲川(かくまがわ)林道を登り、蓼科山中腹の大河原峠を経て白樺湖に行こうと思ったのですが、道に迷い果たせなかったことです。当時この林道は、山岳林道として知られていました。
それらの林道も、それからまもなくドライブに人気のあるところは完全舗装となり、そうでないところは一般車通行禁止となりました。石ころだらけのダートの道を走れる林道は残っているのでしょうか。
というようなことで、私の軽井沢の思い出は、テニスとドライブばかり、おしゃれなホテルやレストランに行ったことがないのです。お土産も横川の峠の釜めしとか長野小布施の栗ようかん・栗ジャムなど軽井沢で買っても軽井沢の産でないものばかりというのがオチでして・・。